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新改訳新約聖書 1965

コリント人への手紙第二 5

1 私たちの住まいである地上の幕屋がこわれても、神の下さる建物があることを、私た ちは知っています。それは、人の手によらない、天にある永遠の家です。

2 私たちはこの幕屋にあってうめき、この天から与えられる住まいを着たいと望んでい ます。

3 それを着たなら、私たちは裸の状態になることはないからです。

4 確かにこの幕屋の中にいる間は、私たちは重荷を負って、うめいています。それ は、この幕屋を脱ぎたいと思うからでなく、かえって天からの住まいを着たいからで す。そのことによって、死ぬべきものがいのちにのまれてしまうためにです。

5 私たちをこのことにかなう者としてくださった方は神です。神は、その保証として御 霊を下さいました。

6 そういうわけで、私たちはいつも心強いのです。ただし、私たちが肉体にいる間は、 主から離れているということも知っています。

7 確かに、私たちは見るところによってではなく、信仰によって歩んでいます。

8 私たちはいつも心強いのです。そして、むしろ肉体を離れて、主のみもとにいるほう がよいと思っています。

9 そういうわけで、肉体の中にあろうと、肉体を離れていようと、私たちの念願とする ところは、主に喜ばれることです。

10 なぜなら、私たちはみな、キリストのさばきの座に現われて、善であれ悪であれ、各 自その肉体にあってした行為に応じて報いを受けることになるからです。

11 こういうわけで、私たちは、主を恐れることを知っているので、人々を説得しようと するのです。私たちのことは、神の御前に明らかです。しかし、あなたがたの良心に も明らかになることが、私の望みです。

12 私たちはまたも自分自身をあなたがたに推薦しようとするのではありません。ただ、 私たちのことを誇る機会をあなたがたに与えて、心においてではなく、うわべのこと で誇る人たちに答えることができるようにさせたいのです。

13 もし私たちが気が狂っているとすれば、それはただ神のためであり、もし正気である とすれば、それはただあなたがたのためです。

14 というのは、キリストの愛が私たちを取り囲んでいるからです。私たちはこう考えま した。ひとりの人がすべての人のために死んだ以上、すべての人が死んだのです。

15 また、キリストがすべての人のために死なれたのは、生きている人々が、もはや自 分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために生きるためなのです。

16 ですから、私たちは今後、人間的な標準で人を知ろうとはしません。かつては人間 的な標準でキリストを知っていたとしても、今はもうそのような知り方はしません。

17 だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いもの は過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。

18 これらのことはすべて、神から出ているのです。神は、キリストによって、私たちを ご自分と和解させ、また和解の務めを私たちに与えてくださいました。

19 すなわち、神は、キリストにあって、この世をご自分と和解させ、違反行為の責め を人々に負わせないで、和解のことばを私たちにゆだねられたのです。

20 こういうわけで、私たちはキリストの使節なのです。ちょうど神が私たちを通して懇 願しておられるようです。私たちは、キリストに代わって、あなたがたに願います。 神の和解を受け入れなさい。

21 神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、こ の方にあって、神の義となるためです。